第57回大河内記念賞
ナノ炭化物制御による
自動車用高加工性新高強度鋼板の開発
1 開発の背景と内容
社会全体のCO₂発生量抑制には、経済活動に不可欠な自動車からの排出量削減が極めて重要である。今後自動車に求められる厳しい排出基準を満足するには、駆動方法にかかわらず軽量化の推進が必要である。特に足回り部品においては従来の高強度鋼板ではプレス加工性が不十分なため、軽量化は限られた範囲に留まっていた。
そこで、従来の数ミクロンの大きさの硬質相と軟質相との組合せによる鋼板とは異なり、加工性に富んだフェライトそのものを大きさ3nmの超微細炭化物で高強度化するという新しい鉄鋼材料組織を創製し、加工性を維持したまま強度を大幅に向上(440MPa→780MPa)することに世界で初めて成功した。この組織設計は応用が広く、今後の自動車用鋼板に求められる強度におけるさらなる高強度鋼板の基本設計思想となる。この開発鋼により自動車部品重量の大幅な軽量化が達成され始めている。
2 特徴と成果
鉄の高温状態であるオーステナイトに溶解した炭化物は、常温状態のフェライトへの冷却途中に再生成する。一般に炭化物は粗大で高強度化への利用には限界があり、粗大炭化物はプレス加工性を低める原因とされる。そこでこれまでは高強度とプレス加工性を両立するためには焼入れによって得られる硬質相と軟質フェライト相をミクロンサイズで混合した複合組織鋼とすることが常識であった。
これに対し、本開発では相界面析出として知られている相変態を利用して粗大化しにくい炭化物(Ti, Mo) Cをフェライト母相中に均一超微細分散させ、従来材ではなし得なかった優れた加工性と強度の達成に成功した。(Ti, Mo) Cの利用と相界面析出現象の工業的活用は世界でも前例はないオリジナリティーに富んだ組織制御手法である。
開発した高強度鋼板は加工性に優れるとともに降伏強度や疲労強度が高いため、部品性能も従来材でプレス加工できたと仮定した場合より高い。製造面では、従来材よりも幅広いサイズを提供できるとともに強度の変動も従来材の半分と加工性以外の面でも優れた特長を有している。これらの特長は欧州でも認められ、開発鋼は海外生産されている。
3 将来展望
今後、780MPaを超える高強度鋼板の使用を想定している。すでに本開発鋼の技術で980MPaと1180MPaの開発に目処が付きつつあり、実用に向けた部品開発が自動車会社との共同で行われている。これにより生産量は現在の数倍にまで及ぶことが想定されている。