第59回大河内記念技術賞
中枢系に作用する難治性そう痒症治療薬
ナルフラフィン塩酸塩の創出
1 開発の背景と内容
モルヒネに代表されるオピオイド医薬(アヘン様薬物)は強力な鎮痛作用を含む有用な薬理作用を有する反面、副作用としての薬物依存なども良く知られており、この麻薬性につながる薬物依存の分離は有史以来人類の夢であった。近年、モルヒネが結合するオピオイド受容体(μ型)と異なる型の受容体(δ、κ型)に結合する化合物が、依存性のない有用医薬候補として注目されてきた。しかし、これまで報告されたκ受容体作動薬は、依存性とは逆に薬物嫌悪性を示すものばかりで、臨床後期にまで進階できたものは皆無であった。本業績の研究者らは、これらの欠点を克服するκ受容体作動薬の探索を進め、精神依存性・薬物嫌悪性の無いオピオイド受容体作動薬として、ナルフラフィン塩酸塩を創出した。さらにその臨床開発の過程において、本薬物が血液透析患者に見られる難治性そう痒症の治療薬にふさわしい効能を有することを見出し、世界初の選択的オピオイドκ受容体作動性の経口そう痒症改善薬の開発・上市の成功に至っている。
2 特徴と成果
本業績の研究者らは、研究開発の開始にあたって、それまでの類似研究で見出された候補化合物の構造改変的アプローチではなく、分子構造の理解に基づく論理的・化学的な独自設計思想を採用した。その結果、従来化合物とは一線を画す構造を有する選択的オピオイドκ作動薬としてのナルフラフィン塩酸塩の創出に成功した。さらに、(1)立体特異性に優れた製造ルートの確立、(2)光異性化・易酸化性・非晶性・吸湿性という製剤学上極めて取り扱いが難しい化合物であるナルフラフィンのソフトカプセル化による問題点の克服、(3)カプセル中に含有される極微量薬物の定量管理プロセスの確立、を通じて企業化を達成した。その結果、血液透析患者の難治性そう痒症への適応を有する唯一の医薬品として、国内占有率は100%(薬価売上は2011年度で111億円)、さらに現在、ライセンス供与に基づく海外展開が進行中である。激しいかゆみに悩まされる血液透析患者の方々のQOLを目立った重篤な副作用無く高めたという点で本薬物の意義は極めて大きく、日本発のオリジナル有用医薬として学術論文などを通じて公開した創薬コンセプト、設計手法は学会でも高く評価されている。
3 将来展望
本薬物は、同種の適応症を持つ医薬品が他になく、上市以来、国内市場占有率は100%を維持しており、また、その薬価売上も3年間で3倍となっていることから今後も当該適応症の治療薬として広く使われていくことが期待される。また、海外展開に関しても、欧州、北米、韓国、それぞれの地域で製薬企業とライセンス契約を締結しており、近いうちの承認が期待される。さらに、血液透析に伴う難治性そう痒症治療以外の適用に関しても現在、臨床試験が行われており、中枢系に作用することによってそう痒症を治療する唯一の薬物として広く用いられていくことが予想される。