第60回大河内記念技術賞
ウイルス除去フィルターの生産技術と市場の開発
1 開発の背景と内容
1980年代にエイズウイルスやC型肝炎ウイルスが発見され,また同時期に血漿分画製剤によるウイルス感染事故が多発し,ウイルス安全性確保が当該製薬業界の喫緊の課題となっていた。候補者らは1980年代初頭より着手したセルロース繊維の高度応用研究の中で,血漿分画製剤中の有効成分であるタンパク質とウイルスをセルロースフィルターで高効率に分離することを着想した。
2 特徴と成果
本ウイルスフィルターの特徴としては,1)高いウイルス除去性,2)高い目的タンパク質回収率,3)除去対象ウイルスに対する非制約性,の3点があげられる。候補者らは,セルロース系銅アンモニア溶解液を原料として,高度に制御された湿式紡糸条件下にてミクロ相分離を生起させ,独自のキャピラリー/ミクロボイド3次元ネットワーク構造を有する中空糸を形成させることで,高いウイルス除去率と高いタンパク質透過性という,相反する性能を併せもつウイルス除去フィルターの工業生産を実現した。本ウイルス除去フィルター開発当時は,ウイルスは膜では分離できない病原体として認識されており,膜でウイルスを除去するという提案は受容されにくい背景にあった。受賞者らは,膜によるウイルス除去原理の検証を行い,nanofiltrationという学術的概念を確立した。また,製薬会社および規制当局に対して繰り返し科学的根拠・有用性を説明することで,米国や欧州の規制当局からのガイドラインにnanofiltrationがウイルス除去のための一つの技術として明記されるに至った点は特筆に値する。本ウイルス除去フィルターは,すべてが日本国内で生産され,その90%以上が海外に輸出されている。世界各国で血漿分画製剤製造に広く用いられており,日本発の本格的グローバルデファクト製品となっている。本格発売後25年を経過した本ウイルス除去フィルターは年間100億円(2013年現在)超を売り上げているが,これまで本製品を使用した各種製剤でのウイルス汚染事故は皆無であり,生物由来製剤製造に対する経済的貢献や患者の安全確保の観点からの社会的貢献は極めて大きい。
3 将来展望
これまでは,米国や欧州において血漿分画製剤分野での事業展開を行ってきたが,今後は中国・東南アジア・インド・南米など,これまで血漿分画製剤の自国製造が行われていなかった国・地域での利用が期待できる。さらに,モノクローナル抗体をはじめとするバイオ医薬品製剤の製造工程にも利用が拡大しており,今後のさらなる市場拡大が期待できる。