第62回大河内記念技術賞
糖鎖制御技術を用いた抗体医薬品、糖タンパク質医薬品の創出
1 開発の背景と内容
医薬産業において、バイオ医薬品が占める割合は急速に増大している。その中で重要な位置を占めるものに、タンパク質が糖鎖付加を受けた糖タンパク質がある。一方、糖タンパク質の糖鎖構造は多くの場合不均一であり、活性に及ぼす糖鎖の影響については、多くが不明である。また、糖タンパク質医薬の実用化における難点として、糖鎖構造の不均一性に由来する生産性および品質の不確定性が指摘されて来た。本業績は糖タンパク質の糖鎖構造の制御を行う技術の開発により、糖タンパク医薬の高活性化に成功し、その安定的な工業的生産に結びつけたものである。
2 特徴と成果
抗体医薬が薬効を示すための主要なメカニズムとして、抗体依存性細胞傷害 (ADCC) 活性があるが、N-グリコシド結合糖鎖の還元末端におけるフコースの修飾がADCC活性に大きく影響していることを初めて見出したことが本技術開発の契機になっている。この成果は学術的にも高く評価されており、糖鎖生物学における新たなパラダイムを提供するものとして、大きな影響を与えた。これを実用化するため、遺伝子ノックアウトにより特定のフコースを転移する酵素を欠損させた細胞を糖タンパク質の生産に用いる系を開発し、糖タンパク質医薬の活性を格段に向上させることに成功している。技術開発に着手した時点では、抗体産生に用いる体細胞で遺伝子ノックアウトを行うのは難易度が高く、非常に手間と時間がかかるとされていたが、敢えてその難題に取り組み、上記知見を実用化へと大きく発展させたことは特筆すべき成果である。本技術によってフコース修飾のない高活性抗体医薬を生産するという構想が具現化され、ケモカイン受容体4(CCR4) に対するヒト化モノクローナル抗体モガムリズマブの創製・生産が行われ、「CCR4陽性の成人T細胞白血病リンパ腫、並びに、再発又は難治性のCCR4陽性の末梢性T細胞リンパ腫及び皮膚T細胞性リンパ腫」を適応症とする医薬として承認されるに至った。
3 将来展望
本技術は抗体医薬を開発・生産する目的で、広く世界中で用いられている。また、これまで遺伝子組換え技術では不可能であった「ヒト天然型アンチトロンビンと同じタイプの糖鎖構造を持つアンチトロンビンガンマ」の製造プロセスにも適用され医薬品として承認されており、より幅広い応用が期待される。一層の生産力増強に向けた体制も整備され、大きな発展が見込まれる。