第63回大河内記念技術賞
多発性硬化症経口治療薬フィンゴリモド塩酸塩の創製
1 開発の背景と内容
京都大学薬学部藤多哲朗教授、吉富製薬(現田辺三菱製薬)および台糖(現三井製糖)による共同研究で冬虫夏草Isaria sinclairii菌から見いだされた天然物から出発して、構造改変を行い純合成品として創製されたフィンゴリモド塩酸塩は、スフィンゴシン1−リン酸受容体を標的とする世界初の免疫抑制薬である。難治性の自己免疫疾患である多発性硬化症の世界初の経口治療薬として承認され、特に再発型多発性硬化症に有効な薬剤として日欧米を含めた80以上の国で約15万人の患者に使用されており、世界規模での医療に大きく貢献している技術である。
2 特徴と成果
本業績のフィンゴリモド塩酸塩は、菌体が生合成する天然物からヒントを得てデザイン合成した日本発の完全にオリジナルな純合成化合物である。天然物からの誘導化の過程で作用機序が変わったことで、本化合物は生体内でリン酸化を受け、後に判明するスフィンゴシン1-リン酸受容体と結合して受容体を分解し免疫反応を抑制する全く新規な作用機序を有する化合物の創製につながった。リン脂質受容体からの初めての創薬と考えられる。本技術は、インターフェロン−βの注射薬しかなかった疾患治療に経口薬を提供し、患者の生活の質の向上に大きく貢献している。日本では患者数が比較的少ないが、世界的には患者数が非常に多い再発型多発性硬化症(患者数250万人のうち80%以上)を対象にした医薬品の創製であり、販売後数年でブロックバスター化し、多大な経済効果を持つだけではなく、免疫機構の新しい理解につながった極めて高い新規性をもつ画期的なサイエンスが含まれ、関連分野の研究を活性化した。また、大学と製薬会社の真摯な産学連携研究の成功例の1つと考えられ、科学・技術面の独創性、頻繁な情報の公開(論文発表)、大きな社会貢献、製品化への継続的な関与、多大な経済効果の面で高く評価できる。
3 将来展望
フィンゴリモド塩酸塩は世界で初めて上市された唯一無二のスフィンゴシン1-リン酸受容体の機能的アンタゴニストであり、今後再発型多発性硬化症の第一選択薬になることが予想され、日本に留まらず世界の当該疾患に苦しむ患者の生活の質の向上に多大な貢献をし、今後その貢献度は増大し続けるであろう。新しい免疫抑制機序を持つことから、様々な疾患に対する医薬として開発できる可能性を秘めており、さらに他の疾患の治療薬としての適応拡大が期待される。