第64回大河内記念技術賞
バソプレシンV2受容体拮抗作用による、多発性のう胞腎、体液貯留、
および低ナトリウム血症治療薬トルバプタンの創製
1 開発の背景と内容
心不全や肝硬変に伴う浮腫(むくみ)や腹水などの体液貯留を解消するために利尿薬が使用される。ところが既存の利尿薬は水だけではなく塩類も排泄するため、低ナトリウム血症等を誘発しやすく、臨床医から「水だけをだす利尿薬」が欲しいという要望があった。水再吸収を促進する生体ホルモン物質バソプレシンの受容体(V2サブタイプ)を阻害する物質を開発すれば「水だけをだす利尿薬」の開発が出来るという着想から受賞研究は始まった。当初、バソプレシンのようなペプチド様化合物を多数合成したが吸収性等に問題があり、非ペプチド性化合物を探索した。自社ライブラリーから見出した非ペプチド性化合物の徹底的な構造展開を行い、経口投与で有効な非ペプチド性バソプレシン拮抗薬トルバプタンの創製に至った。様々な体液貯留の改善、低ナトリウム血症に対する新しい作用機序の治療薬として世界40か国以上で承認されている。またバソプレシンV2受容体拮抗薬はcAMPの産生を結果的に抑制するので、腎臓希少疾患である常染色体優性多発性のう胞腎(ADPKD)の進行抑制に効果があり、ADPKDの治療薬としても承認された。
2 特徴と成果
バソプレシン受容体拮抗薬として、有効な非ペプチド性化合物を見出した独創性の極めて高い創薬研究を行った。トルバプタンの創製は、類似の基本構造を有する化合物研究を活性化したが、結果的には同種・同効薬は販売されていないため、市場占有率も極めて高い。トルバプタンの独創性、先駆性をよく示している。水利尿薬としての有用性に加え、今まで治療薬がなった多発性のう胞腎の世界初の治療薬となった点は患者や医療関係者への大きな恩恵になっている。製造量は年々増加し効率的な製造工程への改良が継続的に行われ髙品質の原薬の安定供給を可能にし、国内外の医療への貢献を確かなものにしている。
3 将来展望
トルバプタンは4種類の適応症を持つ医薬品で、医療現場での有用性は高い。体液貯留(浮腫)は様々な疾患や病的状態に見られるため、汎用薬になる可能性がある。今後長期にわたり治療現場で使われ続ける医薬品になることが大いに期待できる。医療現場の声を聞き本当の意味でのアンメットニーズに応えた医薬品開発の代表的な例として永く評価され続けるであろう。