お問い合わせ

第64回大河内記念技術賞

高機能自動収差補正と超高分解能を有する透過型電子顕微鏡の開発

 

1 開発の背景と内容
透過型電子顕微鏡は,原子レベルの分解能で原子列構造や元素分布を可視化・分析する中心的手段として発展してきた。近年,観察対象へのダメージが少ない低加速電圧の走査透過型電子顕微鏡(STEM)で原子レベルの分解能を実現することに期待と需要がある。また,自動収差補正装置の搭載による調整の自動化と迅速化,これによる観察条件の変更の容易さにより応用範囲の拡張,頻繁な条件変更を伴う観察・分析のスループット向上などが実現されてきている。この様な機能はすなわち、多様な機能と迅速かつ世界最高レベルの超高分解能を使いやすい形で共存させた観察手段は最先端の研究の現場で求められていた。さらに,生物・創薬等の将来性豊かな新分野へもSTEMの原子レベル観察の対象を広げることが期待されている。

 

2 特徴と成果
このSTEMにおいて当業績の世界最高分解能を達成した装置は,超高分解能と特性X線の高感度検出を可能にしたポールピース,12極磁場レンズによる球面収差補正と汎用非晶質試料を使った画像解析に基づく自動調整装置,色収差を低減し観察条件の迅速な変更に対応した冷陰極電子銃などの高い独自性の新規開発要素で構成されている。特に,ロンチグラムの自己相関検出に基づく収差パラメータの推定原理の考案とこれに基づく12極磁場レンズの自動調整アルゴリズムの開発は,当該装置の実環境性能への寄与が大きく,研究者自身の操作による熟達者に匹敵する原子レベルの画像の取得を迅速かつ容易に可能している。方式上の進歩性に加え高い機能性を持ったソフトウエアの開発により,当業績の装置の長期間の市場優位性の維持と応用性の向上を可能にした。また,形状最適化されたポールピースに近接する高開口率のX線検出により,リアルタイムに近い原子マッピングも実現されている。また,単色性が高く、高安定なフレキシブルに加速電圧を変更できる冷陰極電子銃により,極低温下でのタンパク質等の生体高分子の像コントラストが向上し,生物・創薬等の新規分野への応用拡大を可能にしている。

 

3 将来展望
収差自動補正装置を搭載した透過型電子顕微鏡は,今後とも実用性と超高分解能を両立する観察手段として,多くの分野で中心的に使用されることは確実である。世界最高分解能を達成した本装置は,欧米やアジアなど世界各国の主要な研究機関に納入され,今後さらなる増加が期待される。本業績の波及効果は多岐にわたり,人類全体の課題であるエネルギー分野や生命・創薬分野,巨大市場を抱える航空機産業・半導体産業における新規材料開発,あらゆる物質の根源をなす原子のイメージングと解析を通じて,今後長期にわたり最先端の基礎研究と科学技術の発展に多大に貢献するものである。