第68回大河内記念技術賞
新規メカニズムに基づく抗インフルエンザ薬の創製と開発
1 開発の背景と内容
インフルエンザウイルス感染症は、過去にパンデミックによる大流行を何度も引き起こしており、近年でも世界各国で毎年1000~2000万人が罹患し、300~500万人が重症化、25~50万人が死亡に至っている。その治療には、ノイラミニダーゼ (NA) 阻害薬が数社で開発され、これらが主に使われている。しかし、これまでに開発されたNA阻害薬はハイリスク患者や重症者に対する効果が限られているのみならず、提供しうる治療機会にも制限がある。NA阻害剤に対する感受性低下ウイルスが流行する恐れもあることから、従来とは異なった作用メカニズムを有し、利便性と有効性に優れた薬剤の開発が求められていた。
2 特徴と成果
本業績の特徴は、従来の薬剤とは全く異なる作用メカニズムを有する抗インフルエンザ薬(バロキサビル)の開発に成功したことである。具体的には、インフルエンザウイルスが宿主細胞内での遺伝情報の転写、翻訳に用いる酵素であるキャップ依存型エンドヌクレアーゼを標的とするものである。本薬剤は、重症化リスク患者に対して明確な効果を示すこと、単回の経口投与で長時間の血中濃度維持と強い抗ウイルス活性の持続が可能であることなど、従来の薬剤にない優れた特性を有しており、ファースト・イン・クラスの抗インフルエンザ薬として、2018年に日本と米国で承認され、現在では65か国以上で承認されている。インフルエンザウイルスが今後も人類にとって大きな脅威であり続けることを想定すると、新たなメカニズムに基づく薬剤の開発は極めて重要であり、グローバルな健康・福祉に資するという点でも、本業績は高い意義を有している。
3 将来展望
本薬剤は、インフルエンザ感染症に対する治療薬として承認された後、高い有効性と利便性から多数の国にその使用が広がっている。通常の流行レベルであった2018年には500万人程度に使用され、その後累計700万人以上に使用されたと推定されており、安全性に関する問題も発生していない。インフルエンザの治療におけるウイルス排出期間を短縮する効果も高いことが示されており、感染伝播の抑制も期待される。これらのことから、インフルエンザ感染症の主たる治療戦略として本薬剤の使用が定着し、それに伴って生産規模も拡大することが予想される。