第71回大河内記念技術賞
高濃度硫化水素含有天然ガス輸送鋼管用鋼材の開発
JFEスチール株式会社 菊池 直樹 他4名
1 開発の背景と内容
ガス田から採掘される天然ガスは、パイプラインによって処理施設に運ばれ、水分や硫化水素(H2S)等の不純物を除去した後、需要地や出荷施設まで輸送される。パイプラインに使用する鋼管(ラインパイプ)には一般的に低合金鋼の大径溶接鋼管(UOE 鋼管)が使用されるが、硫化水素(H2S)を多く含む天然ガス(サワーガス)は硫化物腐食によって発生した水素が鋼中に入り、水素誘起割れ(Hydrogen induced cracking:HIC)や硫化物応力割れ(Sulfide stress cracking:SSC)を生じるため、それらを防止する性能(耐サワー性能)が要求される。近年、従来よりもH2S 濃度の高いガス田開発が多くなりHIC やSSC に起因したパイプライン事故が起きていることから、さらに耐サワー性能が優れた材料開発が必要となっている。
本研究開発では、上記のような厳格環境でも使用可能な耐サワーラインパイプを開発することを目的とし、HIC 防止のための中心偏析制御技術やSSC 防止のための冷却制御を活用した表層硬度制御技術、さらには鋼板全表面の高効率で迅速な硬度測定技術の開発に取り組んだ。
2 特徴と成果
一連の技術開発によって、過酷なサワー環境に耐えうる超厳格仕様耐サワーラインパイプの原板を開発し、パイプを量産実用化した。具体的には、①中心偏析低減技術については、鋳片に対して凝固完了位置を計測しながら圧延する新技術を開発し、中心偏析による特性ばらつきを極限まで低減しHIC 発生頻度を大幅に低減した。また、②表層硬度制御技術については、表層冷却速度制御と均一冷却により低表層硬度と均一な板内硬度分布を実現する方法を確立し、さらに、全面温度計によって冷却開始温度や冷却停止温度の均一性を保証する方法を確立した。また、③硬度測定(ハードスポット検出)技術については、硬度230HVの閾値を非破壊で定量的に測定・判定する極表層硬度全面検査技術を開発し、鋼板全面の硬度を迅速かつ効率良く測定する方法を確立した。
生産実績としては、2023~2024年にかけて、東南アジアのプロジェクト向けに累計約86千トンのUOE 鋼管を製造し、出荷した。
3 将来展望
今後も、超厳格仕様耐サワーラインパイプ原板およびパイプの需要の拡大が見込まれるため、本業績で開発された低コストのUOE鋼管の安定製造は、少資源、経済性の高い社会インフラ整備などの観点からも社会に大きな寄与をもたらすと考えられる。